今回は、石川九楊著、『筆蝕の構造—書くことの現象学』をご紹介します。

本書は、書家として活躍されている著者による書道の枠を超えて「書く」という行為の本質に迫る哲学的な書字論です。題名にある「筆蝕(ひっしょく)」は著者による造語で、筆が紙に触れ、圧し、運び、止め、そして離れる、といった書く動作の全体に通底する触覚とそこに定着された痕を指し、書くことの根源的な力を表現しています。話すことと書くことについてから始まり、書く行為そのものが言葉を生み出すという視点に立ち、話が展開していきます。
書く行為がもたらす触覚的な体験や精神的な営みの重要性をあらためて気づかされ、手で文字を書くこととキーボードを打って文字を入力することの間には、思っている以上に大きな差が存在するのだなと感じました。日々フォント制作に携わる私にとって、現代の文字の在り方について考えさせられる一冊でした。書く行為が特別なことになりつつある今だからこそ、「筆蝕」を伴った「書く」という行為を掘り下げてみるのはいかがでしょうか。
書籍情報:
『筆蝕の構造—書くことの現象学』
著者:石川九楊
発行:筑摩書房
購入情報:
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https://www.amazon.co.jp/筆蝕の構造―書くことの現象学-石川-九楊/dp/4480872043/ref=tmm_hrd_swatch_0
(KT)
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